土曜の午後、繁華街の一角にあるゲームショップは賑わっていた。
「ふぅむ……このリマスター版、ジャケットは悪うないのう……しかし初回特典がしょっぱいのう。あっちは……ほう、こっちはサントラ付きか。クク……悩ませおるわい、まったく罪作りな商品じゃのう……」
色とりどりのジャケットを並べた陳列棚の前で、男は腕を組み、目を細めていた。
奇抜な柄のシャツに、サングラスをかけたその男――ミフネ。
見た目はどこか胡散臭いが、妙に店員受けも客受けも良く、近くにいた女子中学生から小声で「優しそうなおじさんだね」と囁かれていた。
「ふっふっふ……今日こそは神ゲーを見つける日じゃよ……!」
目を輝かせて振り返ったその時、背後から聞き慣れた、しかし最悪な声が響いた。
「……なんだァ、そのクソみてェなシャツ。ホラーゲームの敵キャラか?」
「……!」
ミフネが振り返ると、そこには全身真っ黒のパーカー姿、目の下にクマをつくった男――クローバーがいた。
「貴様……なァんでここにおるんじゃァ……!」
「お前こそ……その顔面とセンスで店入ってくんなァ、ガキが泣くぞォ……」
店内の空気がピリッと凍りつく。
「ほう……ワシが何を買おうと、オマエに関係あるまいが?」
「オレはなァ……ここで新作チェックするのが日課なんだよォ。お前みてェなインチキ胡散臭野郎とバッティングすんのが、一番気分悪ィんだよォ……!」
「……言うに事欠いて、胡散臭いとはのォ……じゃが、貴様の方こそ……その顔面、今朝のゴミ袋の方がまだ愛嬌あるわい」
「オマエ、ゲームもファッションも“雰囲気”で選んでるだろォ。センスねェ奴が選ぶRPG、ぜってェ凡ゲーなんだよォ」
「なんじゃとコラァ……!?」
「やんのかァ……?」
睨み合う二人の間に、他の客が通りかかると、急ににこやかに「お先にどうぞー」と道を譲るミフネ。一方のクローバーは「……チッ」と舌打ちして本のコーナーへ消えていった。
ミフネはぐいとサングラスを上げ、舌打ちしながら呟いた。
「……忌々しい……奴めェ……。なーにが“真エンドは分岐前にセーブ必須”じゃ……ユーザビリティって言葉を覚えてから出直してこんかい……!」
対するクローバーも、棚の影で小声で呟いていた。
「……あのシャツの柄……見た瞬間にエラー落ちしそうな気配だなァ……二度とオレの視界に入ってくんじゃねェぞ、クソ課長が……」
――こうして今日も、ゲーム愛ゆえにぶつかる二人は、互いに購入予定のソフトの在庫を一つ減らすという、静かな報復を行うのだった。
――『地獄のマッチング 〜クローバーvsミフネ オンライン戦争〜』
深夜2時。
部屋の灯りを落とし、コントローラーを握るミフネの顔には、かすかな笑みが浮かんでいた。
「ふふふ……ついにこの日が来たか……“戦慄の戦場Ω(オメガ)”――PvPモード実装……!オンラインバトルじゃよ、ふぉっふぉっふ!」
頭にはヘッドセット。
正座でモニターに向かう姿は、もはや武士。老練のゲーマー魂が滾っている。
「ワシの練りに練った“オーバーヒート即死コンボ”……喰らうがいいわい、無名プレイヤーどもよ……!」
――一方その頃、別の部屋ではクローバーが無言でログインしていた。
「……調整ミスだらけのバグゲーだなァ……でもまあ、殺るしかねェか……。運営はクソでも、PvPは腕で殴れるからよォ……」
画面に現れたマッチング結果。
【敵チームリーダー:Mr.Mihune(勝率93.4%)】
「………………ハァ?」
クローバーの目が細くなった。
「……この胡散臭ェID……まさか……!」
一方ミフネも、敵チームの編成画面を見て驚愕していた。
【敵チームのスナイパー:Kurō_Baaa】
「…………この陰気なID……あのドス黒オバケかァァァ!?よりによってこのタイミングでマッチングかい!」
戦場が始まった。
開始10秒、スナイパーポジションからクローバーがヘッドショット。
「……見えてんだよォ……その間抜けな帽子……なァにが“光のエルダー”じゃァ……」
「この……隠れてばっかりのネチネチ野郎がァ!出てこんかァァァ!」
怒りに任せて突っ込むミフネ、罠に引っかかり即爆死。
【Kurō_Baaa:爆発物でMr.Mihuneをキル】
「チィィィィィ……やってくれたのう……!」
そこからはもう、バチバチの地獄だった。
クローバーは距離をとって撃つ。
ミフネは叫びながら突っ込む。
クローバーは物陰に罠を仕掛ける。
ミフネはなぜか毎回そこに引っかかる。
チャット欄には表示されない暴言の嵐が、双方のヘッドセットから爆音で垂れ流されていた。
「貴様……そのエイム、チートかァァァ!」
「オマエの立ち回り、死にたがりの猪かァァァ!」
気づけば試合終了――
勝ったのはクローバー側。最後のリザルト画面で、クローバーのキャラが勝ちポーズを決める。
ミフネの叫びが深夜の部屋に響いた。
「ぐぬぬぬぬぬぬ……この屈辱、覚えておれェェェ!!次のアプデで火炎瓶強化されたらワシのターンじゃからなァァァ!!」
画面の向こうで、クローバーも無言でため息をついていた。
「……クソ課長の声、音質が良すぎて耳障りなんだよなァ……もう少し安いヘッドセット使えや……」
――こうして、誰も幸せにならないオンライン対戦は幕を閉じた。
でも二人とも、次の日も同じ時間にログインするのだった。
「……へぇ。まだこんなん置いとる店があったんやなァ……」
店内をのしのし歩くクローバー。着てる服は相変わらずボロい。顔色も悪い。
その手には、分厚い攻略本と『地獄昆虫伝説3』の中古ソフト。見てるだけで不吉だ。
「……あァ? なんだこの値段……ボッたくりかァ? これ動かんヤツだろォ……?」
ブツブツ文句を言ってると、反対側の棚で声がした。
「……この店、相変わらずセンスが昭和じゃのう。うふふふ……ええじゃないかええじゃないか……」
そう。ミフネである。
ピカピカのサングラスにパッチワーク風スーツ。シルクハットに金の指輪。怪しげなフル装備で、なぜかルンバの上に立って移動している。
「……あ? テメェ……」
クローバーが顔をしかめた。
「おやおや、これはこれは。腐ったパンみたいな顔のクローバー君ではないかのう。今日も地獄みたいなゲーム選んでおるなァ?」
「……はァ? 誰が腐ったパンだコラァ……!てめェこそ何そのカッコ……呪いでもかけに来たのかァ?」
「呪い? フフッ、これは“個性”じゃよ。“人気”ってやつを演出しとるのさ。“好かれてる”からのう? わしは?」
「……クソが。演技してまで人気ほしいかァ? それ、恥ってやつ知らねぇ証拠だろォ……?」
「恥を知るのは、外見がゾンビ以下の者だけじゃよ。クローバー君、“日光”って知っとるか? 体にいいらしいのう?」
「日光浴びてるヒマがあったら……テメェの魂を焼いたほうが早ぇだろォ……?」
「はっはっは! 相変わらず語彙が墓場じゃのう!」
――ピリピリとした空気がゲームコーナーに漂う。
しかしそこへ、店員が無邪気に声をかけた。
「お、おふたりとも! ちょうど今、期間限定の“レトロゲーム知識王決定戦”開催中なんですけど、よかったら参加を……!」
「ほォ……やるか?」
「ふン、負ける気せんわァ……!」
こうして、血で血を洗う――いや、
ゲームカセットで殴り合う寸前の知識バトルが始まったのであった。
教会の中は、夕方の光が静かに差し込んでいた。
誰もいないはずの礼拝堂に、声がふたつ。
「ねぇ、あんた。そんなところで何してんのよぉ?」
声の主は、台座の上に鎮座する生首――オズ。
紙袋を被った父・ドーズとは違い、艶めいた唇がいやに目立つ。
「ぼくはねぇ、光を見てるんだよぉ」
祭壇のそばで、ラスカルが穏やかに微笑んだ。
目を細め、指先でステンドグラスをなぞる。
「ほぉん……清いわねぇ。
まるで“何も知らない”って顔してるわ」
「知らないこと、多いからねぇ。
でも、きれいなもんは、知ってたいなぁ」
オズは喉を鳴らして笑った。
「ふふん、そんな顔して言われると、
アタシちょっとゾクゾクしちゃうじゃない♡」
「ゾクゾク? 風邪かい?」
「……違うのよォ、ラスカルちゃん。
あんたのそういう“鈍感さ”が、
ある意味いっちばん罪深いのよ」
「罪……?」
「そう。世の中にはね、“汚れ”ってやつがあるの。
欲とか、愛とか、触れるだけで穢れちゃうやつ」
ラスカルは少し考えて、
ぽつりと呟いた。
「ぼくは、よくわからないけどねぇ……
誰かが悲しい顔してるより、
笑ってる方がいいと思うんだよぉ」
オズは一瞬、沈黙した。
生首のくせに、まるで息を呑んだような気配を漂わせて。
「……あんた、本当に、ドーズの世界にいちゃいけない子ねぇ」
「そうかい? でもここ、静かで好きだよぉ」
「ほんっと、たまらないわ。
その無垢さ、毒に浸したくなるぐらい」
「毒はいやだねぇ。お腹痛くなっちゃう」
「……アタシが痛くなりそうよ」
オズは苦笑しながら、
小さく目を閉じた。
ラスカルは首を傾げて、
その横顔を見つめる。
「ねぇオズさん」
「なぁにぃ?」
「きれいな光、いっしょに見るかい?」
オズはゆっくり目を開けて、
笑みを浮かべた。
「……やれやれ、
アタシが誘惑してんのか、されてんのかわかんなくなるじゃないのよ」
その笑い声は、
どこか寂しげで、それでいて――
ほんの少しだけ、救われていた。
蝋燭の火が揺れている。
静寂が支配する教会に、甘い声がひとつ響いた。
「ねぇ、ラスカルちゃん。
あんた、恋ってしたことあるぅ?」
「恋……? うーん、どうだろうねぇ」
ラスカルは首を傾げ、ぼんやりと天井を見上げた。
その顔は、いつものように穏やかで、無垢で、どこか遠くを見ている。
「ふふ、やっぱりね。
あんた、そういうの興味なさそうだもの。
でもねぇ、恋ってのは……燃えるのよォ。
心がドロドロに溶けて、どうしようもなくなるの」
「ドロドロは、掃除が大変そうだねぇ」
「……ほんっと、そういうところが罪だって言ってんのよアタシは」
オズはため息をついて、ぐらぐらと肩を揺らした。
(首しかないくせに、やけに仕草が生々しい。)
「じゃあさ、ラスカルちゃん。
もしアタシが“好き”って言ったら、どうするぅ?」
「うーん、そうだねぇ……」
ラスカルは少し考えたあと、柔らかく笑う。
「ありがとう、って言うねぇ。
でも、ぼくはまだ、そういうのよくわからないんだよぉ」
「……あらまぁ」
オズの瞳が揺れる。
一瞬だけ、彼の艶めいた笑みが途切れた。
「“ありがとう”で済ませちゃうの? 誰かの想いを?」
「だって、わからないものは、わからないままがいいときもあるだろぉ?」
「……あんた、ほんと恐ろしいわね」
オズは苦く笑った。
「無垢ってやつは、時にいちばん人を壊すのよ」
ラスカルは、にこりと笑って首を傾げる。
「壊すつもりなんて、ないよぉ。
ただ、きれいな光を見せたいだけなんだぁ」
「光、ねぇ……。アタシにはもう眩しすぎるのよ、それ」
オズは目を細め、ステンドグラス越しの光に照らされる。
その顔は――生首であるにも関わらず、どこか人間らしかった。
「ねぇラスカルちゃん」
「うん?」
「今の言葉、アタシに向けたの?」
「うん、もちろんだよぉ。オズさんは、ちゃんと生きてる人だからねぇ」
沈黙。
蝋燭が小さく、ぱち、と音を立てた。
オズは笑いながら――泣きそうな声で言った。
「……やめてよ、そういう優しさ。アタシ、ほんとに堕ちちゃうわ」
「堕ちたら、ぼくが拾ってあげるよぉ」
「……バカ」
オズは目を閉じた。
その頬に、蝋燭の火が揺れて、まるで人間の涙みたいに見えた。