地下監獄には、当然というか囚人がいる。
仮に囚人がいなかったとしても、管理人たるドーズが常駐している。
必然的にいくらか食料が必要なわけだが、肝心のドーズが、死んでも外に出たがらない。
だから地上で贔屓にしている食料店の主に、週一くらいで食料を届けてもらうのだ。
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「おいでやすぅ、お客様」
覇気のない声とともに、地下監獄へ訪問客が訪れた。
来たのはお前だ、とツッコもうかドーズは迷う。
が、やめておいた。
こいつは何故だか毎度こう挨拶してくるからだ。
「注文された食料品のお届けでぇす」
「……ああ。そこに頼む」
シルクハットを被って、ボディラインを隠すように大きめの服を着ている店主が、商品を搬入し始める。
妙にのそのそと動くその姿に、ドーズは何かの小動物を思い起こした。
だが何だったかは思い出せなかった。
「あぁー、そうですそうです。お客様、今日誕生日でしたっけ?」
「あ?……ああ、言われてみればそうだったような気もするが、それがどうした」
「私も今日なんですよねぇ。誕生日」
「……だから?」
「何かくれ」
ボディーブローをくれてやろうかと叫びかけて、止めたドーズ。
それはもう、自分を褒めたたえ崇め奉りたい気分だった。
こののそのそ動く小動物っぽくも図々しいやつも女性だから。
だから無闇に殴ってはならない。
「……俺にたかるな。何も持っておらん」
「左様でぇ。ほんならオズさんにたかりますねぇ」
「待て思い出した!!!ポケットに缶詰が入っているからそれをくれてやる!」
急いでポケットを漁って缶詰を押し付ける。
偶然にも入っていた桃缶だ。
商店の女主人は、桃缶を受け取って見つめた。
じっくりねっとり観察するように、じいいいいいっと。
と。
女主人がそっと桃缶を押し返してきた。
「桃缶嫌いなんでぇ」
「マーモットか貴様!!」
そこでドーズは思い出した。
何かで見た気がするこの女の挙動。佇まい。
マーモットだ。
思い出せて腑に落ちたドーズが人知れずスッとしているうちに、女主人は地下監獄を後にした。
桃缶を拒否した、その流れのまま。
「……コノハナと食うか」
癒されるようでイラつく変な女を見送りつつ、愛娘との桃缶シェアに思いを馳せるドーズだった。
「1週間引きこもって出てこない?レイスが?」
地下病院のナースステーションにて男女三名が立ち話していた。
露出高めながら守るところは守っているナース服を纏う女性……田辺が、眉を八の字にしている。
対して男二人は医師のはずだが、片方が半裸なのは何故なのだろう。
世にいうクールビズの究極体だろうか。
「気にしなくていいだろ別に。あいつが引きこもってんのなんて今に始まったことじゃないし」
「そうだぜ田辺ちゃん。安否確認は異臭がしてきた頃でも遅くはねえよ」
「それ完全に手遅れですよ、腐敗しちゃってるじゃないですかぁ……」
田辺がしゅんとしてしまった。
男性医師ふたりは顔を見合わせ、面倒くさそうにため息をつく。
「あー、何。じゃあ様子見てくればいいのかよ?」
「え!」
「まぁさすがに同僚が霊安室送りになったら嫌だしな」
「ありがとうございます……!クロード先生、エンヴィー先生!」
「その代わりあとでデートしてくんね?」
「ジェシカ先生ー!」
「冗談!!冗談だから!!」
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そんなこんなで精神科医師控え室前までやってきた、クロード&エンヴィー。
だったが。
「すっげえ開けるなオーラ感じんだけど。何だ?レイスの野郎ドアにハンドパワーでも込めたのか」
「あいつ別にサングラスしてないし、来てますとも言わないだろ」
ただのドアのはずなのに、とんでもない圧を感じるのは気のせいだろうか。
とりあえずノックをしてみよう。
2、3回ほど軽くドアを叩いてみたが、やはりと言うか、返事は無い。
「レイス〜。安否確認だ、開けろや」
沈黙。
「レイスくーん。サンタさんだぜ〜。ドア開ければプレゼントにパイ投げしてやんよ」
沈黙。
「お前は完全に包囲されている!大人しく投降しなさい!繰り返す!このポリリズム!あの衝動は!まるで恋だね!」
沈黙。
「……全然開けねえじゃねぇか、あの野郎」
「本当に死んでる可能性もあるけどな」
「お前何かねーの?絶対出てくる呼びかけ方法」
だるそうなエンヴィーに問われ、クロードが考え込む。
絶対出てくる方法……此処で騒げばいい?鍵をこじ開ける?
否、それではダメだ。もっとこう、何か……インパクトがあって、応じたくなるようなノック方法は……。
「……引っ越し」
「あ?」
「引っ越しだ。ずいぶん昔、流行ったろ。年増が嫌がらせ行為で布団をリズミカルに叩いて歌うやつ」
「あー、アレか……え?アレやれっつーの?」
「最後の手段だ。これでダメなら帰る」
というわけで、一か八か。
「ひっこーし!ひっこーし!さっさとひっこーし!!」
じっと反応を待つ。ドアの向こうの気配に集中する。
……が、返ってきたのはやはり沈黙だった。
と思いきや。
「あっ何か隙間から紙出てきたぞ」
ドア下のわずか数センチの隙間、そこから紙が一枚差し出された。
何が書いてあるのかと拾い上げて見てみると。
「……シバくぞ。だとよ」
やっと返事したと思ったらそれだけか。
これはキレているのかノリノリで返したのかどっちなのか。
真意は不明だが、まあ安否確認はできたから結果オーライだろう。
そんなこんなで辛うじて目的を達成し、ナースステーションへ戻ってきた医師ふたり組を、田辺が出迎えてくれた。
「どうでした?お元気そうでした?」
「レイスから伝言。シバくぞ、ってよ」
「えっ何故!?」
地下病院の、とある一日の出来事だった。
比々羅鬼と伽羅が、昼下がりの縁側にて与太話していた。
眼前に広がる庭先では銀葉がひとりで遊んでいる。
両手を精いっぱいに動かしている。まるでなにか、地中に埋まった物を引っこ抜こうとしているかのようだ。
「とぉー!うおー!」
とかなんとか掛け声をあげながら、力の限り遊んでいる。
……遊んでいる……のか、あれは?実は気が狂っていたりしないか?
比々羅鬼は黙って見物していたが。
「……あいつ何やってんだ、さっきから。狐でも憑いたか?」
とうとう気になって問えば、伽羅が淡々と事情を話す。
森を散歩していたところ、巨大な毛むくじゃらの妖に出会ったそうだ。
その妖は人の子を物珍しく思い、銀葉を気に入った。
銀葉は銀葉で、毛むくじゃらの妖に抱きついてはしゃいでいた。
別れ際には土産にと、大量のどんぐりをくれた。
「そこいらに植えたはいいが、木の実が樹木になるには時間がかかるだろう。しかし彼奴は疾く生やしたいと聞かん」
「お前さん神だろ、生やしてやれよ。神対応しろよ」
「神を便利屋と勘違いするな、痴れ者」
「いや、ほれ……餓鬼と一緒になってよぉ」
「なら貴様がやれば良かろう。おい餓鬼、ジジイも手伝うそうだぞ」
「ちょっ、そんなこと言ってねえ……ッ」
露骨に嫌そうな顔をした比々羅鬼。だが時すでに遅し。
伽羅の魅力的な言葉をしっかり聞き入れた銀葉が、満面の笑みで比々羅鬼を見た。
比々羅鬼は瞬時に悟る。あっこれやらなきゃいけねえ奴だわ……と。
「うおー!」
「……ぅおー……」
「おいジジイ、声が小さいぞ。その程度で木が生えるか。そら声を張れ……フフッ」
「ちっさく笑ってんじゃねえぞクソジジイ!!」
その後、銀葉が飽きるまで延々と木を生やす真似事に付き合わされた比々羅鬼であった。
暇を持て余した神と鬼と人間のあそび(㐂島エンデ様へ)
「おう、何やってんだ」
気さくにかけられた声に、少女は振り向く。
そこに居たのは、鬼の老人だった。
ただでさえ鬼だろうにその上やくざ者のような風貌だから、見かけたら即刻逃走するのが正解。
だがしかし少女は臆せず、へらっと笑いこう返す。
「きゃや、すとーん」
舌っ足らずな上、半分くらい擬音だから意味を読み解くのは至難。
と思いきや、そうでもなかった。
何故ならば、少女は地面に穴を掘っていたから。
「……お前さんもしかして、ジジイを落とし穴に落としたいのか?」
「ん!」
少女は満面の笑みを浮かべる。
わりと歳を食っている自分のことを棚に上げて鬼がいうジジイとは、この山に祀られている神のことである。
名を、伽羅という。
その神を、落とし穴に落としたい様子だ。
しゃかしゃかと小さい手で地面を掘っている……が、その深さは、落とし穴にしては心許ない。
「……」
鬼は想像する。
仮にも神が、落とし穴にはまって呆然としている様を。
何だそれは、とてつもなく愉快じゃないか。
「おい、銀葉。俺も手伝ってやる」
「ほんと?」
「とびっきり深ぇ穴にしてやろうじゃねぇか!あいつでけぇからな、ははは!!」
文字通り子供のごとく笑い、子供と一緒になって神に悪戯を仕掛けるべく。
鬼は、少女の隣にしゃがみ込んだ。
ーー数刻後。
そこには大層な深さの穴が出来上がっていた。
全く底が見えない。
幼女の力では限界があった落とし穴だが、さすが鬼の手助けといったところか。
「じゃ、早速落としちまうか!お前さん呼んでこいよ」
「誰をだ、儂か?」
すぐ背後に、今まさに穴へ落とそうとしていた神がいた。
「……おう、ジジイ。いつから其処に居た?」
「そこの餓鬼と意気投合したあたりからだが」
つまり最初からだ。
全く気配を感じなかった。
昨今の神というのは忍の修業にも勤しんでいるのか?
否、それだけ悪戯の準備に夢中だっただけだ。
「どうしたジジイ。穴に落とすのではなかったのか、儂を」
「ばれちゃあ仕方ねぇ。ジジイ!一丁派手に落ちろ!」
「一層清々しいほどの開き直り方よな、馬鹿め。自ら落ちるわけがあるか」
「きゃやー、すてーん!すてーん!」
銀葉が目を輝かせ催促してくるのを、伽羅が心底鬱陶しそうに見下ろしている。
絶妙に混沌とした光景である。
「いいからとっとと落ちろってんだァ!!」
痺れを切らした鬼が、伽羅に上段蹴りをかます。
が、伽羅は動かざること山の如し。
むしろ蹴ってきた鬼のその脚を引っ掴んで持ち上げ、逆さ吊り状態にする。
鬼とはいえ、途方もない身長差、さらにはしっかりと掴みあげる伽羅の握力ゆえに、逃げられない。
「おい!下ろしやがれ!」
「言われなくとも、すぐに下ろしてくれる」
ふと上を……否、逆さ吊りにされているから厳密には下だが。
鬼の真下にはつい今し方まで無我夢中で掘りまくっていた深い深い穴が待ち構えていた。
鬼は察した。これから自分がどういう目にあうのか。
「ちょっ、待ちやがっ」
「神罰だ。甘んじて受けよ」
「クソジジイイイイイィィィイイイイイイイイーーーー……………………」
真っ逆さまに落ちていった鬼。
穴底で反響する鬼の断末魔に知らぬ振りを決め込み、伽羅は銀葉を見遣った。
「貴様も落ちるか、餓鬼」
「やー。ぎんよ、やぁー」
「ならば言うべき事があろう。言え」
「……うー……ごめんしゃい」
鼻を鳴らす。と、伽羅が踵を返して歩いていく。
「きゃや?」
「散歩に行く。来るなら来い」
「あい!」
瞬時に返事をして、すかさず銀葉も追いかけていった。
「おいィ!!どこ行きやがるクソジジイ、助けろ!おいィイイ」
そんな声が、深い深い穴底から響く昼下がりだった。