「おそい」
テーブルに顎を乗せ、いかにも不機嫌そうな女が唸る。
正面に座る帽子を被った男は、そんな様子を一瞥しすぐに手元のスマートフォンに視線を戻した。
すると男の顔面めがけて飛んでくるミカンの皮。
今し方二人で食べていたものだ。食べ物を投げてはならない。
「なんだよ」
「おーそーいー。って言ってるんだよ」
「ウーバーイーツは頼んでねぇぞ」
「うるさい、豆腐の角に頭ぶつけろ」
「愉快な返事しただけですげぇ辛辣だなおい」
遅い、とは何のことか。
この不機嫌爆発女が慕う者のことである。
いつもなら仕事を終えると一目散に帰ってくるその彼だが、今日は仕事の付き合いだとかで飲みに行っている。
彼女はそれが気に入らないのだ。
「なんだ飲み会って……飲みならぼくと飲めばいいだろぅ……」
「プライベートと仕事は違うからな」
「そうかぃ。じゃあぼくもう寝てもいいんだね。起きてルークを出迎えなくていいんだね」
「勝手にすりゃいいだろ。あぁ、来たら起こしてやろうか」
「ありがとうございますこのやろう」
「感情ベクトルどっち向きだよ」
怒りの就寝タイムに突撃しようとしたちょうどその時。
玄関ドアが開く音が、リビングに届いた。
話題の彼が帰宅した様子だ。
「ただいまぁ」
ほろ酔いらしく、赤らめた顔を機嫌良さそうに向けてくる。
して、彼女の反応は。
「おかえりぃ」
ふにゃふにゃに蕩けたような満面の笑顔を浮かべていた。
「おい、お前今の今までの仏頂面どうした」
「え、仏頂面?ラスカルが?」
「そんなことない。ぼくはずっとにっこにこだよ」
「そうだよなぁ。変なこと言うなよキース」
引くほどべったりくっついて蕩け顔を浮かべる男女の姿に、帽子の男は、できる限り関わりたくないと思い至り。
「……すっぺえなこのミカン」
ただ黙々とミカンを食べた。