秘密の部屋 作品ページ

花嫁

ラスカルが、本格的におかしくなってしまった。

毎日毎日、暗がりに向かって何かとても楽しそうに話をしている。

当然そこには誰も居ないのに。

けれども、ラスカルが誰と話している『つもり』でいるのかは一目瞭然だった。

何故ならば。


「昨日の夕飯はねぇ、ルークの好きな肉じゃがだったよ。美味しかったなぁ。ルークも今度一緒に食べようよ」


ルークの名前を、口にして……ラスカルは笑っている。

とても嬉しそうに、頬を弛ませて。

他のすべてを蔑ろにして。

朝から晩まで。


ーーーーーー

今日も今日とてラスカルは闇と戯れている。

すぐそばにいる俺になど見向きもせずに。


「ラスカル」

「で、ね。その時ね……」

「ラスカル」

「そう!面白いだろ。ヘヘ……」

「……、……ルークがそこに居るのかァ?」

「え?いるよ」


俺は思わず目を見張った。

初めて返事らしい返事がかえってきたから。

なにも言葉にできないでいると、ラスカルは俺を普通に振り返った。


「ここにいるだろ、ルーク。声だって聞こえるだろ」


ここ、と虚空を指し、ラスカルは当然のように言う。

曇り空のごとき瞳は、少しも濁っていない。

焦点も合っている。

つまり、正気のまま狂っているのだ。


「……ルークは死んだだろォ」

「だねぇ」

「そこにいる訳ない」

「そう言われても、居るものは居るし……あぁ、この間はプレゼントもらったよ」


言いながら、傍らに設置されたベッド、その下の収納スペースに手を突っ込む。

探り当てたものを差し出され、俺は絶句した。


「綺麗だろう」

「それ……何だ、それ」

「ベールだね。花嫁さんが被るヤツ」


にっこり笑って、それを自身に纏わせるラスカル。

嬉しそうな想い人を前に、俺の心臓は過剰に鼓動していた。

どういう事だ。あいつはとっくに死んでいるはずだ。

なら誰がこれを渡した?

ラスカルが盗んできたのか?

あらゆる推測を並べ立てても、納得のいく答えはどうせひとつだけだった。


ーールークだ。

本当に居るのだ、あいつが。

ルークの奴、ラスカルを自分の花嫁として、あの世に連れて行く気だ。


「わっ」


考えるより先に俺の体は動き。

ラスカルを、纏っているベールごと俺の胸に閉じ込めていた。

きっと嫌がるだろうが、そうしなければ俺の心が持たなかったろう。


「クローバー……?」

「いやだ」

「え、なに?なんて言った?」

「いやだ……行かないでくれ、たのむ、独りにしないでくれ……」


情けなくも、俺の声は震えていた。

奥歯までがちがち鳴るほどに、全身全霊で怯える俺に、ラスカルはゆっくり首を傾げる。

いつもの通り。

ラスカルは、俺の気持ちなんて全く理解できない様子だ。

それでも空気を読んで大人しく抱きしめられていてくれるラスカルに、俺は気が済むまでしがみついていた。




ーーーーー

その後も延々とラスカルは引きこもっているラスカルを半ば強引に説得して、ふたりで外に出かけた。

何とかして、ラスカルをこの世に留まらせるために。

ルークの思い通りにさせないために。


「どうした」


オフィスビル街を隣合って歩いてる最中、ラスカルが妙にきょろきょろしているのに気付き、声をかけた。


「……ルークがいない」

「いないのか」

「いない。どこ行ったんだろう。スイーツの大特価セールでも見に行ったのかな」


ラスカルは寂しそうだが、あいつが近くにいないならそれに越したことは無い。

死者は生者に付きまとうべきでは無いのだから。

少しだけ安堵するとともに、体の力が抜けた。


「うわっ」


突風が吹いた。

かなり強い風だった。

そろそろ春が近いし、季節柄風が強いのだ。


「と、飛ばされるっ」

「お前は軽いからなァ。車道に気をつけろ、車にはねられるぞ」

「ちょ、ほんと飛ばされる、たすけて」


言葉通り本当に飛ばされそうになっているラスカルが、俺に手を伸ばしてくる。

小動物かこいつは、と呆れつつも微笑ましい思いで手を掴む。

とりあえずすぐそばの車道から引き離そうと、手を引っ張って、反対側……ビル側に放った。


瞬間。

すごく懐かしい、心地のいいにおいがした。


と同時に、視界からラスカルが消えた。

何か重い物が、目の前に落ちた音と同時に。


「…………は」


辺りから上がる悲鳴。

恐る恐る下を見れば、ビルに取り付けられていただろう看板と、大きな赤い水溜まり。

……違う。鉄臭い点からするに、これは血だ。

ラスカルの。


「……ラス、カル……」


返事はない。

代わりに、耳障りなほど大きな笑い声が聞こえた。

それはそれは愉しげな、男の声。


「……」


連れて、いかれたのだ。

ラスカルはきっと、あの世にてルークの花嫁になるのだろう。

結局、俺の献身など無駄だったのだ。

足元が崩れ去る心地を覚えて、俺はその場に膝をついた。

幸せとは

私は人の営みを見守る立場にいる。


生きることによって人間が得るものは、ひとつだけではない。

人生で得られるものは一人一人違う。

朝から晩まで仕事漬けでいる人生。

子育てに明け暮れる人生。

貧困に喘ぎながらも愛ある人生。

他人から見て理解できないものもあるのだ。

自分の価値観を、押し売りしてはならない。

ならば私自身はどうなのだろう。

私の得たもの、あるいは得たいものは?答えは出たためしがない。


だからこうして目を閉じてずっと考えている。


 

「クレオ、さん」


名前を呼ばれ、目を開けた。

若者然としたアクセサリーの似合う青年が立っている。

愕然とした顔で私を凝視している。

そして次に私の足下に転がった『モノ』達を見る。

 

「よく吐き気を催さないものだな」


少々ズレた発言をしただろうか。別に反省はしないが。


「やはり慣れているのかね?こういったものを見るのは」


「それ、まさか」


それとは、どれを指しているのか。

肉片がこびりついた鮮やかな髪束?

蛇のような金色の眼球?

血濡れの可憐な服?

幼い顔立ちの生首?


「なんで」

「理由かね?仕事だからだよ」


私の仕事は人の営みを見守り、時として潰すこと。

最近ではこの少年とその仲間たちを見ていた。

そしてつい今しがた、見守り『終わった』

それを目の前の少年に、懇切丁寧に説明してやった。


「なんで」


また何で、ときた。

私は年甲斐もなく首を傾げた。


「どこが不明点なのか図りかねるが」

「僕達の何を見たんですか。 別に普通だったでしょ」

「ああ、そうだな。 普通に幸せそうだった」

 

床に転がったモノたちに視線を落とした。


鮮やかな髪の持ち主は、妹に憎まれていた。

一度は裏切られ、殺されかけた。

だがそれでも妹を愛し続け、守ることをやめなかった。

思い出に残る妹の笑顔を守っていた。


眼球の持ち主は、他人の心を読めた。

それは必ずしもいいことばかりではなく、彼は常に孤独だった。

だが理解者と出会えた。

泣かしもしたが、それは間違いなく愛だった。


可憐な服を纏った女は、恋人を裏切った。

そしてそれを長年秘匿し続け、怯えていた。

恋に恋した馬鹿な女だが、関係を解消されるだけで許された。それほど元 恋人が愛情深かったのだ。


生首。彼女は実に不幸な生い立ちながら、決して死を選ばなかった。

亡き友人のためである。

友人への感情が何なのかも分からないながら、友人を想うだけの人生をよしとした。


「お前達は私にはない幸福を持っていた。見ていて実に楽しかったよ」

「クレオさんは、あんたは、嘘つきだ」

「私は嘘つきではないよ。 何も嘘ではない」


飽くまで諭すように私は言葉をかける。


「嘘だ」

「何が?」

「全部」

「……君は混乱すると要領を得ないな。発言するならもう少し言語に情報を増やしてくれ」

「だって」


彼が駄々をこねるように叫んだ。

悲しみからか怒りかは不明だが、声が震えていた。


「何が幸せそうだった、だ!僕があんたを幸せにしてやるって、言ったのに!何でその前に僕の全てを壊した!」

「私の幸せが君にわかるのか?」

「ならあんたの幸せって何だよ!言ってみろ!」


私の幸せはなにか?そんなもの、決まっているじゃないか。


わからない。

わからないよ、 幸せなんて。 子供の時からずっとそうだ。

他人の幸福を眺め続けていたが、まるでわからない。

だからどこかで聞いたことのある理論に逃げた。

幸福は人それぞれ違うのだと。 そうすることで自分を誤魔化した。

そうしたら余計わからなくなった。


「君にはわからないこと」


端的にそう答えた。

さぁ、仕事を再開しよう。

得物を握る力を込め、彼の懐に飛び込む。

少年は逃げることも躱すこともしない。

仲間を鏖殺されて気力が萎えたか。そう不思議ではないと判断し、彼の胸を貫いた。

感じるたしかな手応え。

ごぼ、と汚い音を立てて、鮮血を吐き出す。


「くれ、 お……さ……」

「すまないな少年」


彼はじきに事切れるだろう。

曲がりにも好意を向けられていた人間として、見守ることくらいはしてやろうか。

……と。


「……ッ!」


柄にもなく驚いた。

少年が、自らの胸に深く刺さった刃を握りしめたのだ。

引き抜くべく力を込める。しかしよほど強く握っているのか、刀が引き抜けない。

それどころか彼は刃を握る手を引き寄せる。

胸に刺さった刀を、より深く体内に飲み込ませる。

曲芸を見ているように、目が釘付けになった。


「おい、何を」

「がはっ……ぐ、」

「何をしてる。離しなさい。 苦しいだろう」


少年は無視する。 実は本当に聞こえてないのかもしれないが。

やがて刀は柄まで埋まってしまった。

私の灰色のコートが赤黒く染まっていく。


「クレ……さ、ん」


蚊の鳴くような声で名を呼ばれた。

はっとして、彼の顔を見る。

深い海のようなその目は、まっすぐ私を見つめていた。


[……あ」


彼の腕が背中に回された。

緩慢な動作で、そのまま包み込んでくる。

温かい。

辛うじてながら生きている人間は、こうも温かなものなのか。

いや、温かいのは抱擁されているからだけではない。

胸の奥にも温もりを感じる。



ーーーー少し話は変わるが、私には奇妙な友人が居る。

その友人に、こんな言葉をかけられたことがある。


『アンタはこれから、世界の全てを見るでしょう。 世界っていうのは綺麗な所だけじゃない。 汚い部分の方が遥かに多いの。でもね、それでも。世界には光があるはずなの。だから、その光が見えたなら、絶対に見失わないようにしなさい』


『そこにきっと、アンタの幸せがあるから』


幸せが何かはわからない。だがそれを教えてくれる人はいた。

キース少年がくれたもの。

質量がないながら温かみのある感情。愛情の延長線上にあるもの。

ついぞ私の胸を満たしてくれはしなかったが、あの時。

そして今も感じているものは。これはもしかしたら。

謎が解けそうだったが、足下にもうひとつ屍が転がったので諦めてしまうことにした。


(ルーク×ラスカル 生存if)

最近ラスカルに、スマートフォンを買い与えた。

俺の帰宅時間が夜遅くなった時なんかに、不安にさせないようにしてあげようと思ってのことだ。

うちにはテレビがないから、スマホがあれば動画とか見れて暇つぶしにもなるだろうし。



ーーーーー

「ルーク、ルーク。LINEとかいうの、どうやるんだぃ」

「え、LINE?」

「んん。ダウンロードってやつしたいんだけど」


ラスカルってば、どこでLINEなんて知ったんだろう。

世情に疎いとばかり思っていたから正直驚いた……けれどちょっと嬉しくなった。

こいつのことだから、どこにいても俺とメッセージ送り合いたいって意味だと思って。


「やったげる!いい子だなぁ、ラス」

「いい子?……ありがとう。でもちょっと急だね」

「え?」


いまいち話が噛み合ってなかった。

急?って、どういう意味だ?

首を傾げる俺に対し、ラスカルは疑問を解消するようにこう述べるのだ。


「あのね、さっき買い物に行った時にね。LINEやってるかって聞かれたんだ」

「は?誰に」

「知らないひと。男の人だったね。だから教えて」

「……」


完全にナンパじゃないかそれ。

なに知らない男に連絡しようとしてんだ、馬鹿かこいつ。

いやそういえば馬鹿だし世間知らずだったな。

急に気分がどん底まで落ち、更には腹の底から怒りがわき上がってきた。


「ラスカル。ちょっとベッド行こっか」

「ん、いいよ。昼寝かぃ」



呑気なラスカルへ俺は告げる。最低な気分とは裏腹に、満面の笑顔で。


「お仕置」




ーーーーーー

小さいながらハリのあるラスカルのお尻を、平手で叩く。

下着をずり下ろした剥き出しの素肌を叩くものだから、そこは既に赤く腫れ上がっている。

けれどもやめない。むしろ叩き続ける。何度も何度も。


「っひぅ!……るぅ……いたぃぃ」

「ふうん」

「いたいのっ……お願い、も、いやぁ」

「そっか」


笑顔で叩く俺なんていつもと違うから怖いのだろうか、力無く頭を振って、いやいやと泣いてる。

最高に可哀想で、可愛い。


「ね……お仕置、別のがいい……」

「別のって何だ?」

「あの……えと……っ」


口ごもるなら、そういうことを心底望んではいないんだろ。

そんな意地悪を言って……けど、少しだけ労わってあげようと思って。

腫れたお尻を、ゆるゆる撫でさすってやった。

ああでも、痛みで麻痺した状態じゃあ、分からないかもしれないな。


「ルーク、ごめんなさい、ルーク、ルークぅ……」

「なぁ。なんでお仕置してるのかわかるか?」

「るーくぅ……ごめんなさいぃ」


聞こえてない。

痛みと恥ずかしさで意識が朦朧としてるみたいだ。

壊れた玩具のごとく、ただただ謝罪と俺の名前を繰り返す、可愛い可愛い恋人に、俺はようやく満足できた。


「ラス」

「ごめんなさい……」

「ん。許したげるよ」


ベッドにうつ伏せ状態のラスカルの背中に覆いかぶさり抱きしめて、そう告げた。

その後もちろんスマートフォンは没収した。

背信(キース×クレオ)

神を信じないくせに神職者を務めている友人がいる。

私とて、イエス・キリストだとかいう大昔の男のことを崇め奉る気など無い。

今後もそうだろうと、思っていた。

自分が、特に好意も抱いてない若者に、身篭らされるまでは。

 

ーーーーー

「クレオさん……こっち向いて」

「ひ、っ……ぃや、嫌だ」

「旦那の言う事は聞けって、そう言ったでしょ」

 

 

ここに監禁されてどれほどだろうか。

彼は、私と結婚するのだと言った。

結婚しよう、とかではなく、「する」。

勝手に自分の気持ちを決めつけて、自分の人生を決めつけて、さらには私の意志まで勝手に変えようとしたのだ。

 

「何で泣いてんですか?あ、そんだけ気持ちいいってことか」

 

狂ってる。頭がおかしい。

そんな事を喚き散らす代わり、力の入らない腰を上げて少しでも彼から離れようと試みた。

……馬鹿は勘違いして、「もっと」と強請っているようにとった様子だ。

ああ、腹の奥で、また熱がーー

手籠め(クローバー×ラスカル)

クローバーが家に来た。

それはいい。最近ではよくあることだから。

だけど……なんだろう、今日はクローバーの機嫌が悪いように思う。

他に誰もいないせいか、ずっとぼくを睨んでいる。

 

「お茶でも飲むかぃ」

「……」

 

さっきからこんな調子だ。

何を言っても、あるいは聞いても、黙殺。

ぼくはもともとこの男が恐怖の対象だから、今の状況が不安でならない。

 

「……ぼく、部屋に戻るね」

「……部屋?」

 

と、クローバーが反応を示した。

 

「何故だ。俺と一緒にいるのは嫌だってかァ?」

「え」

「偉くなったもんだなァ、チビの分際で」

 

 

大股で近付いてきた、かと思えば、体ごと思い切り壁に叩きつけられた。

万力かと思う程強い力で、肩を握りしめられ、諸々の痛みにぼくは顔をしかめた。

 

「ちょっと、離しておくれ。痛いんだけど」

 

目の前に立つ男に抗議する。

起立状態のままながら、半ばぼくに覆いかぶさっているその男は、大層機嫌が悪そうだった。

なぜだか息は荒いし、いつ蒼白な顔色は若干赤みがかっている。

 

「聞いてるかぃ。痛いって」

「誰にもの言ってやがる、メス犬の分際で」

「……?え、メス犬ってなに……」

 

そこまで言って、下腹部の辺りに何か違和感を感じた。

何か、固くて大きな物体が、当たっている。

確認するために目視して……心底後悔した。

そして、そこでようやく、ぼくは自分の置かれた状況を理解するのだ。

息を飲んだぼくに、彼はギラついた目を細めた。

逃げようとしたけれど、時すでに遅し。

彼は易々とぼくの体を床に組み伏せた。

 

「まってまって、うそだろ!?」

「黙れ」

 

必死の抵抗をものともせず、微妙にサイズの合わないワンピースの前を引き裂かれる。

ケロイドだらけの醜い体が露になる。

怖すぎてろくに悲鳴も上がらなかった。

 

「何だ、ブラもつけてねェのかァ?」

「へ……ぶら、って、なに」

「女物の下着だ。女だったら普通はつける」

「ぼく、女じゃ、ないっ……」

 

震え上がりながらもいつもの習慣で、『女』であることを否定した。

すると、彼は鼻で笑った。

 

「女じゃないだと?じゃあ男だってのかァ?股に立派なブツついてるか見てやろうか」

 

言うが早いか、彼はぼくのはいているトランクスの隙間から手を差し込ませ、そこに触れる。

夢の中以外でそこを他人に触れられたのは、初めてだ。

何か、大切なものを失った気になった。

 

「あァ、ついてたなァ。少し小さいが」

「ひっ、やだ、そこいやだっ」

「触っててやるから勃たせてみろ。男ならできるだろォ」

 

言いながらそこをこねくり回される。

痛かったらまだ良かったけれども、彼は絶妙に力を加減していて。

ぼくは浅ましくも多少の快楽を拾って、体を震わせてしまった。

 

「ほらどうした、勃ったら次は出してみろ」

「やだ、やだ、違うの、ちがうのっ」

「何が違う。言ってみろ」

 

たぶん、彼にはぼくが何を言いたいかはわかっているだろう。

わかっていて知らんぷりしているのだ。

ふと、刺激が止んだ。

やめてくれたのかと思ったけれど、違ったようだ。

 

「っーーー!!」

 

お股に少しの痛みが走った。

同時に何か、長くてごつごつしたものがお腹の中に入ってくる感触。

指が、入ってきている。

一本?二本?分からないけど圧迫感がすごい。

 

「おかしいなァ?男ならこんな所に穴なんかないはずだが」

 

痛みが収まらない間に中を掻き回される。

指とはいえ、ぼくにとっては異物だ。

異物で自分の体の内側を擦られている感覚がこわくて、再び精一杯暴れる。

ものの見事に意味はなかった。

 

「お願い、おねがぃ、これ以上はだめ、やめてぇっ」

「なら言え。お前が本当は何なのか」

 

ぼくが、何なのか?

性別の話だろうが……認めたくない。

絶対に自認したくはない。

けど、この怖いだけの行為が終わってくれるなら言うべきだ。

 

「ぼく……は」

「はっきり言え」

「ぼくは、男じゃ、ない……っ女、だ……!」

「あァ、そうだ知ってる。ずっと前から」

 

今まで以上に、涙が溢れ出てきて顔が濡れた。

認めたくない事実を、無理やり認めさせられた。

こんな形で。昔馴染みに。

それこそ女みたいにめそめそするぼくを、目の前の男は何を思って見ているのか。

 

「どう、して……?なんでこんな事するの……?いつも優しくしてくれてたのに……っ」

 

泣きを入れたぼくを、彼はしばらく無言で見つめていた。

が、やがてこう言い返してきた。

 

「……別に。ただ、お前がただのメスだって思い知らせたくなっただけだ」

 

不意に、脚を大きく広げられた。

疲れてぼんやりしつつも意識をそちらに向けたが、それは過ちだった。

次の瞬間、凄まじい圧迫感と体を引き裂かれるような痛みに支配される。

 

「か、はっ……ひっ……」

「痛そうだな、ラスカル」

「ひた、ひっ……いた、ぃ……や、やっ……」

 

既に気絶寸前のぼくの腰を掴んで、彼は動き始めた。

痛い、痛いいたいいたいいたい。

助けて。

こんなのはいやだ。

だってぼく、子宮がないんだ。

子供ができないんだから、性行為なんか意味ない。

だからお願い、やめて。

 

……そんなような趣旨のことを、延々と泣きわめいた。

けれど、その行為は結局ぼくが気絶するまで続いたのだった。

 

「……これで俺の物になった……」

 

薄れゆく意識の中で、恍惚としたつぶやき声が聞こえた気がした。

ミフネ×静句

腹が痛い。

女性に生まれることは素敵なことだと思う、基本的には。

ただし月のものは何のためにあるのか。

人体の不思議と神秘くそくらえだ。


「てことでミフネくん、わたくしの湯たんぽになるのです」

「……酔っとるんか?」


飲酒を疑われてしまったが、それもそうか。

たかだか幼馴染の膝に頭を寝かせてもらった上に、仮にも女性の体を撫でさすれと言ったのだから。


「ホットミルクいるかの」

「あるならいりますです」

「いや無いがの。買いに行かんと」

「使えぬ者めー」


意地悪く言ったところ幼馴染は、苦笑いした。

だがしかしそれもこれもぽんぽんぺいんが悪いのだ。


「なくなればいいのにのう、月のもの」

「いっそ子宮など取ってしまいたいのです。わたくしには不要ですものー」

「……いらない?子供も?」

「いらぬのです」


きっぱりと言い放った。

子供などいらない。性的な行為にも興味はない。

子供を作ったら、自分の何かが終わる気さえする。

情熱とか夢とか、そういう未来に繋がるものが。

わたくしは、最後までわたくしを幸せにするために生きたい。


「止めてやろうか」

「はい?」

「月のもの。十ヶ月ほど」

「……は?」


三歳歳下の幼馴染は、ひどく穏やかで落ち着いた様子だった。

さっと、彼の膝から起き上がってすこし距離をとった。

初めて彼を危険に思い、そして痛みを忘れた瞬間だった。


「……冗談じゃ」

「は」

「静が、こういう冗談言ってたからのう。真似じゃよ」


どうやら馬鹿兄貴の入れ知恵というか真似だったようだ。

あのやろう、まだほんの小学生のミフネくんに何て事吹き込んでいるんだ。

ミフネくんもミフネくんだろう。

幼馴染とはいえ仮にも歳上女性に、何て最低な冗談かましてるんだ。

こましゃれやがって、お前はまだ小学生のくせに。


「いだだだだ!!ちぎれる!」

「お姉さんをからかった罰として、プルーンの苗木引きちぎりの刑なのですー」

「これ髪じゃ、苗木ちゃうから!」

「あぁそうだ、ちょいと部屋に戻りますのです。鎮痛剤の買い置きがあったのを忘れてましたー」


頭皮を抑えてうんうん唸るミフネくんを置いて、わたくしは部屋を後にした。

ゆえに知らなかったのだ。


「子は要らんか……なら、きっとわしのモノにもならんのじゃろうな」


……残されたミフネくんが、そんなことを独り言ちていたなんて。

ハイジ×ラスカル

「おじいちゃんって、どんなエロ本が好きなんだぃ」


店先に品出ししていた背後からかけられた言葉に、うっかり飴の大瓶を落とした。

最悪だ、これ仕入れ値高かったのに。

割れて散らばった瓶にため息をつきつつ平静を装って振り返れば、店の座敷部分に座ってお手玉で遊んでいるチビがいる。


「……オマエ何言うてん、いきなり」

「男の人はみんな持ってるそうだから、おじいちゃんも持ってるだろうなって」

「何でオマエに性癖カミングアウトせなあかんねん」

「教えておくれよ、ぼくとハイジおじいちゃんの仲だろ」


どんな仲やっちゅーねんセフレか。

ちなみにこいつとはセフレどころかワンナイトすらした覚えはない。

教えるのを渋られたのが不思議なのか、チビはきょとんとしている。


「ダメなのかぃ。キースとかベルトは教えてくれたよ」

「一緒にすな」

「……おじいちゃん、もしかして女の子に興味無いのかぃ」


努めて相手にしないでいると、なにやらチビはどんどんおかしな方向に勘違いしはじめる。

それも、少し腹立たしい感じの勘違いを。

やがて何かを察したように口元を袖で覆い、慌てた様子でオレの何かをフォローする。


「あっ……えと、大丈夫だよ!おじいちゃんも色々あると思うし、ちゃんと秘密は守るから!」


ちゃんと大人の配慮するよぼく、と言わんばかりの態度にイラッときた。

何故か?

オレは年齢こそジジイではあるがそういう欲は少なくともあるし、きちんと反応もする。

当然、若い可愛い女を対象に。

……そうだ、少しからかってやろう。


「おい」


まだ一所懸命『気遣い』もどきをしているチビに詰め寄って、華奢な肩を押し倒した。

すかさずか細い両手首を頭上でまとめて固定する。

淡く長い三つ編みが床に広がるのと、驚いた顔を、至近距離から見下ろす。


「……そんなに知りたいんやな?オレの夜の好み」

「ちょ、ちょっ……」


顔を赤くすることも無く、しばらくはただきょとんとしていた。

が、体のラインをなぞる様な触られ方をしたら、ようやく少し慌てだした。


「オレなァ……小動物みたいな女スッキやねん。オマエみたいな」

「は、ハイジおじいちゃんっ、まってっ………!!」


本気で泣きだしそう顔になったところで、ぱっと解放してやりすぐさま離れた。


「なーんてな。冗談や冗談、オレ八方美人やからなー。ほれ、飴ちゃんおあがりィ」


さっき落として割れた瓶に入っていた飴をひとつ、チビの近くにあった座布団に放る。

ついでに自分の口にもひとつ放り込んだ。

床から起き上がったチビは、泣きそうかつ真っ赤な顔をしてオレを見ていた。


「……おじいちゃんが……、初めて、おとこのひとに見えた」

「そら大発見やな。クリスタルひとしくん人形贈呈モンや」

「おじいちゃん……ぼくのこと好きなのかぃ」

「おお好き好き、一休さんもびっくりなくらいな」


チビは座布団の上の飴玉を拾い上げ、店の出入口へ向かう。

帰るようだ。

もう来ないかもしれないとは思いつつも、さすがに自業自得だから、大人しく見送ってやることにした。


「ほななー。また来たってや」

「んん、また来るね」


ただの社交辞令だろうに、妙に重みのある言葉に思えた。

不思議に思って出入口を見遣ると、当然チビがそこにいる。

俯いたままでこちら向きに立ち尽くしていたが、やがて意を決したと言わんばかりに顔を上げる。


「ぼ、ぼくもっ、おじいちゃんのことすきだからね!また来るから!」


上げて見せた顔は茹でダコのごとく。

そのままチビは、山岳地方に向かって全速力で逃走していった。


「……、毎度ォ」


口の中で、甘さが弾けた。