本編 第三部

観察者のはなし

人間の生きる底力について考えたことはあるかい?


よく「死にたい、死にたい」と言う奴がいるだろう?


私も生前よく言っていたよ、兄貴には言う度に怒られたっけか?

安易に死をほのめかす奴ほどただ単に甘ったれてるだけだから鬱陶しい。いわばファッション希死念慮だ、ってのが兄貴の持論らしかったよ?


そんな私が思うに、生きてる者が死にたいと思うことは最大の贅沢なんだよね?

だって死んだら今度は「生まれ変わりたい」と願うだろうからね?

人間のないものねだりスキルは際限なく、およそ魂レベルなんだろうねぇ?


でも、それでもね?一方で絶対死んでたまるかって気持ちで生きてる者もいるんだよ?


命の灯火……いや、命の業火とでも言うのかな?まあとにかく、強い意志を持って、尚も生きる物もいるわけね?


そう。死なない限り、生者の行進は止まらないんだよ?

いや……あるいは死んでも止まらない、かもね?



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世にも奇妙な結婚式

クローバーの廃墟、正式名称アヴァホテル跡地。

ここはもとより単なるホテルとしてだけでなく、ちょっとした遊園地等も兼ねて設計されていた。

まあまあしっかりしたチャペル設備も残されている。

そして今、そのほとんど朽ちたチャペルを利用して、結婚式が開催されていた。


……のだが、そこではとても結婚式とは思えない光景が広がっていた。


「おい」


新郎がイラついた様子で眼前の参列者たちに声をかけた。

参列者は、皆一様に同じことをしていた。

内側に向かって円になり、隣同士で両手をつなぎながら時計周りに移動したり、中心に集合を繰り返し。

途中で全員同じステップと手拍子をしている。

これは、そう。

フォークダンスの一種で、キャンプファイヤーによく見られるアレだ。


「マーイムマーイムマーイムマーイム」

「おい、やる気しないからってマイムマイム踊ってんじゃねェぞテメェら」


新郎……クローバーが唸ると、参列者一同は飽きたのかマイムマイムをやめた。


「いやはや、幽霊小僧が結婚とか砂漠に水が湧いたレベルで奇跡じゃなぁ」

「しかも相手が相手だしにゃー。なぁラッさんよ」


クローバーの隣にてうつらうつらしているラスカルが、微睡みながらも微笑みで返す。

ラスカルは、ウェディングドレス姿でいた。

肌の露出は控えめかつシンプルながらも純白の生地をたっぷり使用した、とても美しいドレス。

今日は、ブルーノ・クローバーとラスカル・スミスの結婚式である。



「神父様、貴方だけはこの場でしっかりしてもらわなければ困るのですが」

「はーァいはい……余興で歌でも歌いましょうかァ?神父様のランバダ」

「せめててんとう虫のサンバを歌ってください」



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「結婚しようと思う。……クローバーと」

ヨザクラ教設立が決まったあの日、ラスカルは唐突にこう宣言した。
みんな酷く驚いた。
クローバーがラスカルに恋慕していることは、ほぼ周知の事実だった。
だけれどもまさか結婚するとは誰も思わなかったから。

「うそ結婚!?おふたりが?」
「ゲテモノお前どういう風の吹き回しだぁ?ルークが好きなんじゃなかったのかよぉ」
「もちろん好きだよ。異性として愛してる」

当然とばかりにラスカルが返す。

「でもクローバーのことも好きだよ、友達として」

ラスカルいわく、クローバーとは肉体関係も恋愛関係も持つ気はないとのこと。
それに昨今では、恋愛感情を持たない友達同士の結婚が流行っているらしい。
だから、友達同士で結婚したいと思ったのだという。

「それにさ、クローバーはぼくのこと最期までひとりにしないって約束してくれたから」
「ちょっとやめてよラスカル、あんたまで死ぬとか最期とか」

ニルが泣き出しそう顔で諌めるものの、ラスカルは困ったように笑うのみ。
あとは何人か憂鬱そうな顔をしていた。
遠山家とオズの子兄妹、そしてベルトだ。

「……??なに、どうしたの」
「……あー、申し上げにくいんですけどねェ……」

神父が代表者として話す。
憂鬱そうな顔をした彼らは、ラスカルの慢性的眠気の理由を知っている面子である。
知らなかったメンバーはこれまた驚いていたが、ラスカルは依然として笑っている。

「ぼくねぇ、仲間の喧騒に囲まれて眠るように死ぬことが理想の最期なんだよね」

のんびりした笑顔で言われてしまっては、誰も何も言えなかった。


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そんなわけで結婚式であるが。

「ってかよぅ。友達婚って何すんだィ。愛の誓いとかすんのかァ?」
「愛……は愛でも友愛なんじゃろ?キスはせん方がいいじゃろな」

たしかにそうだ。
友達婚とはどこまでやるものなのだろう?
肝心の新郎新婦も、そこはあまり考えていなかった模様。
というかプロのプランナーも誰も居ないわけだし、それはそうだろうが……ぐだぐだと言うにふさわしい結婚式である。

「てんとう虫のサンバも、キスしろって催促する歌だろぉ。ダチ同士だとまずいんじゃねぇ?」
「じゃ、じゃあ別の!皆で歌えるのにしましょう!」

少々だれてきている場の空気を変えるべくパティが宣う。

「例えばどんな歌よ」
「えっ」

パティが固まる。
空気を明るくしようとして言ってみたはいいものの、どんなチョイスをすれば良いのかまで考えていなかった。
一身に注目が集まる緊張感に、パティが出した答えは。

「……かえるの歌とか」

選ばれたのはかえるの歌だった。
とち狂っているとしか思えないチョイスをしたパティに、クローバーがとんでもない形相を向ける。

「ホプキンスてめェ……蛙化現象に陥れってかァ?お前こそ一回死んで蛙に転生しろこの野郎」
「すみませんんんんんんんん」
「まぁまぁクロさん、落ち着きなってゲロゲロ」
「そうッスよ。パティさんも別に悪気があった訳じゃあゲロゲロ」
「グワッ」
「グワッ」
「グワッ」
「さり気なくコーラスキメてくれてんじゃねェ馬鹿共」


ノリノリで輪唱し始める参列者一同に、クローバーは頭を抱えた。

駄菓子屋の旦那

俺は父さんに似たって、神父さんが言ってた。

そうかもしれないな。
父さんがクレオさんを殺したみたいに、俺もラスカルをそうしたい。

一緒にいたいから。
ラスカルもそれを望んでいると思ったから。

でもラスカルは変わった。
自分のことを自分できちんと考えられるようになった。
命の限り生きていたいと願ってる。

クローバーが支えるおかげと、ラスカルなりに反省した結果だと思う。

それに比べて俺は……みっともない。
あいつの愛に甘えて、悪戯して、挙句殺そうとまでして。

最低だ。クズだ。
これじゃ本当に父さんとおんなじだ。

父さんのやったことは最悪だ、正しいわけが無い。
ってことは、俺のしてることもそうだろう。
わかってる、わかってるけど、ラスカルの幸せを願ってあげられる自信がないんだ。
けど正直、もう連れていきたい気持ちも無くなりつつある。

分からない。
どうしたらいいのか、分からない……。



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マイムマイムを踊りだしたり、かえるの歌を合唱したり。
真剣に祝う気があるのかも怪しい結婚式だ。

「いい加減にしろ馬鹿ども、仮にも結婚式だぞ」
「まぁまぁ、こういうのもいいんじゃないかぃ?面白いしさぁ。で、次どうする?」
「せやな、来賓祝辞とかどや」

突如として知らない声が割り込み、一瞬で場が静まり返った。
いつの間にか、参列者がひとり増えていた。
紺地のストライプ柄コートの、センター分けの少年。
そこにいる大半は彼が誰だか分からず、困惑していた。
ただし、わかる者は彼を敵意むき出しで睨みつけている。

「よぅ、チビ。久しぶりやな」

食ってかかる者を易易無視して。
彼はなぜかラスカルへ、親しげに声をかける。

「……、……?誰だっけ?」
「オマエ……昔あんだけ可愛がっとったやろ」

誰なのか判別できない様子のラスカルにわざとらしいため息をつきつつ、彼は続けた。

「オレや、オレ。駄菓子屋の旦那さんや」
「駄菓子屋?…………あれ、もしかして、ハイジおじいちゃん?」
「おーせやせや正解や、よう言えたなチビ」

呆け顔をしていたラスカルの表情が一変、喜色満面に。
それに留まらず、思いきり抱きつきもした。
どうもふたりは旧知の間柄、それもずいぶん仲が良いようである。

「久しぶりぃ!十年ぶりくらい?おじいちゃん全然変わってないねぇ」
「見てもわからんかったくせによう言いよるわ」
「どうしてここに居るんだぃ?危ないよ、外国に逃げた方がいいんじゃないかな」
「気にせんとき。ジジイは死なへん」

不意に謎の彼が咳払いして周囲に視線を遣る。
それに気づいたラスカルが、困惑する観衆に彼を紹介すべく声を張った。

「あっ、みんなに紹介するね。商店街で駄菓子屋さんやってる、ササガワハイジさんだよ。こう見えて結構おじいちゃんなんだぜ」

ハイジというらしい彼の隣で、にこにこ笑顔のラスカル。
わりと閉鎖的なほうのラスカルが懐くならば、怪しい輩ではないのかも。
彼について何も知らない者はそう思った。
だが。

「てめぇ……どの面下げて来やがったんです」

そんな中で、ハイジを知っている者たちは、完璧にハイジを敵とみなしていた。