その頃、結婚式場。
「ぷはー。飲んだし食ったな」
いい塩梅に腹が満たされた参列者たちが、ぼちぼちお開きにしようと後片付けを始めていた。
一方で酔い潰れて寝ている者も何人かいる。
「ミフネくーん。起きるのですー。ちょんまげ引きちぎられたいのですかー」
「静句おばちゃん、鬼の所業すぎる……」
ミフネは鎮巳の背におぶられていき、静句がそのあとに続いて帰り。
「カリーナぁー!!二次会しねぇ?!ツイスター大会!」
「しないッス。ガキは大人しく寝てください」
カリンが社長にだる絡みされながら部屋を後にし。
「ベルさん、お部屋戻りましょうか」
「ちょいまち。ニルちゃん部屋に持っていかねーとだわ」
「荷物みたいに言いますね」
ベルトが、床にて泥酔しているニルの頬をひっぱたいて起こそうと試みる。
だが全然起きる様子がない。よほど酒を飲んだのだろう。
どうしようか考えあぐねているベルトの背後から、誰かが声をかけた。
「そいつァ俺が引きずっていきますよォ……お前らもう部屋帰んなさい」
神父だ。
ニルのことはあまり好いてないと周りからは認知されているのに、珍しいこともある。
よほど世話焼きなのか。
「マジで?さんきゅ。ほんじゃおやすもー」
「はァーいはい……」
こうして、式場には神父と泥酔したニルが残されるのみとなった。
泥酔した美女とふたりきり、何も起きないはずがなく……とかいう展開は全くもってありえず。
神父は、ニルから少し離れたところで普通に煙草を吸いつつ、ぼーっとしていた。
「っ……ぐす……」
「……?」
ふとニルが嗚咽を漏らしているのが聞こえてきた。
起きているのか?
近寄って顔を覗き込んでみたがやはり寝ている。
どうもうなされている様子だ。
「ごめんなさい……もう許してよぉ……」
「おい。うなされるくらいなら起きてもらえます?」
「許して……クレオ……」
思わず呼吸が止まった。
クレオ……に、赦しを求めている。
なぜだ?なぜそこでクレオが出てくる?
こいつは……この女は、まさかクレオに何かしたのか?
とその時、突然ニルが絶叫とともに飛び起きた。
「……おはようございますゥ」
「し、静っ??……あれ、私、何してんの。みんなは?」
「会食終わったんで部屋戻りました。っつか、お前どんな夢見てたんですゥ?」
「夢見てたの?」
「いや知らねーですけど」
きょとん顔を晒しているニルは、本当に何も覚えていないようだった。
夢など大抵の場合そんなものだ。が、彼はどうしても気になった。
「ニルギリス、お前……何か思い詰めてることありませんかァ」
「えっ」
「不安に思ってること、悩んでること、悔やんでること……何でもいいですけど、ありません?聞いてやってもいいですよォ……」
だから、カマをかけた。
もとよりニルは神父に片想いしている身だ。
少し優しい素振りを見せれば、打ち明けるかもしれない。
して、ニルの反応は。
「……聞いてくれるの?本当に?」
「ええ」
「何聞いても怒らない?」
「善処します」
まだ酒が残っているのか、顔を紅潮させて瞳を潤ませているその表情は、まるで恋する少女のようだった。
「……、あの……ね」
ーークレオにちょっと意地悪しちゃったのよ。
彼女、私が処方した薬飲んでたじゃない?経口避妊薬。
アレをね、媚薬にすり替えて渡したらね、キースとの子がデキちゃったのよ。
私もうどうしたらいいかわからなくって……だって、こればっかりは完全に私のせいじゃない?
誰かに知られたらお終いだってずっと不安だったの。でもあんたが聞いてくれてよかったわ。
「なんだか救われた心地よ。ありがとう、静」
ひと息に、ニルは自身の悩みを吐露した。
やがて話終わると、ニルは輝かんばかりの素敵な笑顔で締めくくる。
対して、話をすべて聞いた神父は。
「……静?」
神父は、椅子に座ったまま深く俯いて何も言わない。
不思議に思ったニルが、そばに近寄った。それが間違いだった。
「いッ……!?」
神父がニルの髪に手を伸ばして鷲掴んだ。
かと思いきや引っ張って、そのままどこかへ引きずって行いく。
頭皮の痛みと急な豹変ぶりが怖くて、ニルが泣きわめく。
が、神父は無視した。
引きずったままで歩き到着したテーブル、その上にあったまだ中身の残った酒をニルの顔にかける。
あたりにアルコール臭が漂う。
かなり度数の高い酒なのか、アルコールの臭いも一際強烈だ。
鼻に酒が入ってむせるニルだが構わず、神父はポケットからライターを取り出してニルの顔にぐいと近づけた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
途端に燃え上がるニルの顔。